MAKERS UNIVERSITY

STUDENT INTERVIEW
塾生インタビュー

子どもたちが自分なんてと諦めることなく、自分の可能性を広げていける、そんな社会を日本の末端の地域まで届けていきたい。

川邊笑さん

筑波大学教育学類4年/うみのこてらす代表

MAKERS UNIVERSITY 8期生

Q.
MAKERS UNIVERSITYに応募する前はどんな想いで、どのようなことに取り組んでいましたか?

今と変わらず、地元である徳島県で家や学校以外に子どもたちがいける第3の場所を作りたいと、退職した先生方と居場所づくりを行なっていました。
といっても、ずっとボランティアベースで2年ぐらい活動をしていました。ちょうど、MAKERSに応募する前はこの事業をやめるのか、続けるのかずっと悩んでいました。就職活動も実はやっていて、内定もあって、自分はどうするのか悶々と考えていたように思います。

もともと起業したいと思っていたわけでは全くなくて、本当に目の前の子達と向き合っていました。でも、ずっとボランティアでは続けられないし、でも、子どもたちもいるし、、、あの頃は本当にでもでもでもとぐるぐるしてたように思います。

Q.
現在はどんな事業やプロジェクトに取り組んでますか?その事業やプロジェクトに挑む背景や想いも含めて教えて下さい。

どこに生まれても、どんな環境でも、学校に行っていても行っていなくても、自分の可能性を諦めずひろげていける社会を、都市部だけではなく、地方まで届けたいと思い、地元である徳島県牟岐町という場所で退職教員たちと一緒に居場所づくりを行なっています。

中高生がふらっとこれる場所や、学校に行きづらい子達が安心して社会参画していける居場所、地域のみんなが交流できる居場所など多機能型の居場所をしながら、地域のあらゆる人や機関を繋ぎぐハブ拠点になることを目指しています。

もともとは、関東の大きなNPO法人で学習支援事業を3年間インターンとして関わっていて、不登校の子、経済的に困窮している子、いじめにあって自信をなくしている子、色んな子たちに出会ってきました。最初は元気がなくても、だんだん元気になっていく姿を見て学校や家以外にも彼らを支える仕組みが重要なんだと学びました。
そんなときにちょうど成人式があって、地元に帰ることが多かったんですけど、不登校のまま引きこもってたり、仕事失ってるけど周りに頼れなくて、しんどい思いをしてたりする同級生がいたんです。
でも、友達は本当に悪くなくて、たまたまこの地域に彼らを支える仕組みがなかったからだと思って、過疎地でも持続可能な仕組みを作ろうと活動をしています。


Q.
MAKERS UNIVERSITYにはどんな想いや期待感で応募しましたか?

MAKERSには、正直なところ、事業について本気で向き合って自分の気持ちを確かめたいという気持ちが大きかったように思います。

自分のやりたいことを本当はやってみたい、でもどうしても先が見えなくて一歩踏み出せない自分もいました。ずっと悩んでいてもしょうがないと思って、本気で起業を考えている人たちと会って、それで決めようと思っていました。
今思えば、一人で不安になっていたんだと思います。先輩起業家の方と出会えるということも非常に魅力的ではあったのですが、当時の私は同世代で起業しようと思っている人たちと出会いたいという気持ちの方が大きかったように思います。

Q.
実際にMAKERSに参加してみて、自身にとってどんな変容や進化がありましたか?

ほんとに自分でも、大きく変化があったなと思っています。

まずは、覚悟を決めたこと。
やりたいけど、どうしようとずっとうじうじと悩んでいました。でも、MAKERSのひたすら自分と向き合うプログラムと、自分のやりたいに正直に生きている同世代の背中を見て、自分も挑戦しようと決めることが出来ました。ほんとに一日目なんてびびりまくっていました(笑)

あと、事業をやると決めてからは、不安になりながらもそれでも一歩ずつ自分なりに進めようと思えるようになりました。
それは、一歩先をいく先輩起業家の方のお話やゼミでのフィードバック、同期の頑張る姿があったからだと思います。やると決めても、実際やり始めたら全然出来ないことも多いのですが、みんなそうだ、みんな乗り越えているんだと思うと、頑張ろうと思うことができました。

Q.
小沼が自分自身や事業に与えた影響、メンターである小沼さんとのやりとりで印象に残っていること、また、月1ゼミでの学びや気づきを教えて下さい。

小沼ゼミでは、意思決定をしていくための問いを沢山いただいているなと思っています。

事業をしていたら、どっちがいいのか迷うときが多々あって、そんなときに小沼さんがいつも下さる問いが鋭くて、自分はどうしたいんだ、どこに違和感があるんだって向き合わせてくれるんです。正解がないからこそ、事業をしていくときには自分なりの答えを決めていく必要があると思うのですが、それって一人では難しいこともあるんですよね。
だからこそ、ゼミは自分にとって、一回立ち止まって、自分の声と向き合う時間になっているように思います。

Q.
MAKERS UNIVERSITYに入学してから、一番印象に残っている出来事は何ですか?

MAKERSのプログラムの後に、毎日同期の子たちとご飯に行ったり、飲みに行ったりして語り合った夜です。
2月の合宿のときなんて、23:00のお風呂にいつもぎりぎりになるまでお店で語り合っているのに、お風呂上がったあとも夜な夜な語り合っていました。アドレナリン出まくりって感じですよね。
でも、その時間が本当に自分の背中を押してくれたなと思っています。すでに会社を作ってかっこいいって思っていた人も、実はいろんな葛藤があったり、お金になりにくいってわかっていても、作りたい社会があるからやるんだって覚悟きめてたり、そんな同期の姿を見て、自分なりに頑張ってみようと思えたと思います。事業の話だけではなくて、本当にたくさんの話をしました。自分のカッコ悪いところも、素直に出せたのもよかったなと思います。

Q.
MAKERSに入ったからこそ得られたことや、MAKERSがあってよかったなと感じていることを教えてください。

同期からの刺激が一番大きかったなと思います。
ビジネスモデル考えるのに何ヶ月もヒヤリングしたり、営業の電話も何十本もかけていたり、本気でひたむきに事業に向き合う同期にいつも刺激を受けていました。
でも、不思議と、めっちゃきついなってときもMAKERSのみんなは優しく受け入れてくれるんですよね。刺激もうけるし、でもとても安心感もある、そんなコミュニティが本当にあってよかったなと思っています。

あと、先輩起業家さんとの出会いも本当に感謝しかありません。
事業だけではなくて、生き方も含めて相談にのってくださる方がいるのは事業を進めていく上で本当に心強いです。

Q.
学生向けの起業支援プログラムやビジネススクールが沢山ある中で、MAKERS UNIVERSITYがそれらと違うのはどこだと感じますか?

正直他のプログラムに参加したことがないので、明確にはわからないのですが、事業のテクニックではなく、本当に5年、10年と続けていくために必要な土台づくりと、仲間づくりをとても大事にしていると思います。
だからこそ、プログラムとして会っていないときでも、連絡を取り合ったり、実際に会いに行ったりするほど今では仲良くなっています。

また、先輩起業家さんとの距離もとても近いと思っています。
だからこそ、事業面はもちろんどう生きたいのかというあり方までもフィードバック下さることで自分の土台もしっかりかためていくことができていると思います。

Q.
あなたとってMAKERS UNIVERSITYを一言で表すと何ですか?

人生におけるガソリンスタンドみたいな場所だなと思います。

ちょっと言葉は微妙ですが(笑)でも、本当にいつもいつも走っているけど、MAKERSのプログラムがあったり、MAKERSのみんなと話したりすることで、一回とまって元気もらってまた頑張ろうって思えるんです。楽しいことも共有できるし、しんどいなってことも共有できる、なんでも共有できるからこそ、心のエネルギーが本当にチャージされていつも帰ってくる気がします。

Q.
あなたの人生や事業を通じて「こんな世の中・こんな未来を実現したい!」というビジョンを教えてください。

生まれた場所や、環境、学校に行く、いかない、自分ではどうしようも出来ない理由で自分なんてと諦めることなく、自分の可能性を広げていけるそんな社会を日本の末端の地域まで届けていきたい。

子どもたちには力がある。
人生というキャンバスをカラフルにしていってほしい。
学校に行けていない子・家庭がしんどい子にはそもそも人生を描く土台になるキャンバスと筆を。
子どもたちが見ている世界が白黒なのであれば、世界には海があること、山があること、川があること、その子が見えている世界を豊かにしましょ。自分がどう描きたいか悩むとき、ともに設計図を描きましょ。本当に描けるのか不安なら、小さくでも一緒にやってみましょ。
大丈夫、失敗なんてない、また上から描けばいいんだよ。土台と機会と武器が備われば、あとはきっと人生を豊かに何度でも描いていける。

そんな世界観を、作っていきたい。

(*このインタビュー記事は、2023年9月時点のものです)

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うみのこてらす

メディア掲載歴

・テレビトクシマ
・徳島新聞

PROFILE

川邊笑 筑波大学教育学類4年/うみのこてらす代表
2000年生まれ。徳島県牟岐町出身。うみのこてらす代表。
学生時代に認定NPO法人Learning for All で3年間、学習支援活動を実施。そのさいに感じた憤りや地元の友達の影響から、独立し徳島県で退職教員らと居場所事業を始める。

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