MAKERS UNIVERSITY

STUDENT INTERVIEW
塾生インタビュー

全員が「自分が主人公だ」と思っているやつらが集まってバチバチしているのは、大変だけど、おもろいし、生きてるな〜と思えます。MAKERSがない人生はつまらないだろうな、と思うくらい、濃厚で猛烈な1年間です。

仲村怜夏さん

九州大学 共創学部 4年 / 株式会社yomiyomi 代表取締役

MAKERS UNIVERSITY 11期生

Q.
MAKERS UNIVERSITYに応募する前はどんな想いで、どのようなことに取り組んでいましたか?

約10年前、高校生の頃から課外活動をしていました。ただ、純粋な探究心でやっていたわけではなくて。承認欲求と「受験に使えそう」という、打算的なところで動いていた部分が大きかったです。だからこそ、ピュアな気持ちで活動している人たちに対してずっと劣等感がありました。

活動をしている中で、「若いのにすごいね」という圧力がだんだん嫌になってきて。首都圏から離れたい気持ちもあり、知り合いが一人もいない九州大学を選んで進学しました。

そこからは、自分が口だけで何のスキルもないと自覚していたので、とにかくスキルをつけなければと、経験を積むことを優先させました。九大発のベンチャー、株式会社iMagoに入学してすぐ入社し、ビジネスの基礎になるスキルを叩き込んでもらいました。2社目は、アプリ開発会社の株式会社ゆめみにデザイナーとして就職しました。デザイナーという職種への憧れと、一人でも食べていけるスキルを身につけたいという思いからの選択でした。

同時に、父が亡くなり母も闘病していて家庭が厳しい状況だったので、毎月お金をもらえる環境に身を置くことが一番心が安定するだろうな、という現実的な判断もありました。そのため九大時代はほぼ起業らしいことはしておらず、生きていくために使えるスキルを身につける、稼ぐ、という毎日でした。この経験が、今の大きな武器になっています。

Q.
現在はどんな事業やプロジェクトに取り組んでますか?その事業やプロジェクトに挑む背景や想いも含めて教えて下さい。

2025年、会社員として在籍中に、yomiyomiを大学の友人と立ち上げました。半年ほど個人事業主として活動した後、会社を辞め、法人化しました。
株式会社yomiyomiは、思い出に特化したクリエイティブカンパニー。「忘れたくないを、カタチに。」を掲げ、思い出にまつわる商品開発と体験プロデュースを行っています。

スマホをかざすと1秒で思い出が蘇る「思い出召喚ステッカー」は、1年で5,000枚以上を販売。大声がシャッターになるレシートフォトマシン「Shout Camera」は、渋谷109前やPOP YOURSなど大型イベントへの貸し出しを行っています。このように、リアルとデジタルをつなぐ、新しい思い出の残し方を探索しています。

立ち上げの背景には、19歳の時に父を膵臓がんで亡くしたことがあります。あまり仲の良い親子ではなかったため、もっと思い出を残しておけばよかったという後悔が残りました。この後悔をする人を少しでも減らしたい。そう考えて、思い出に特化したブランドをつくることに決めました。

ただ、自分の原体験を押し出しすぎると、近しい状況にいる人にしか届かないとも思っていて、むしろ日常的にいろんな人に使ってもらえることのほうが大事だと考えているので、自分の過去はあまり表に出さず、「面白い」「かわいい」という第一印象から手に取ってもらえるデザインと体験を意識して作っています。

Q.
MAKERS UNIVERSITYにはどんな想いや期待感で応募しましたか?

MAKERSの存在自体は、高校生の頃から知っていました。憧れはあったけれど、今の自分が行っても余計に苦しくなるだけだろうなと思って、すごく遠くから見ているだけの場所でした。

変わったのは、2023年の秋にすずかんゼミに入ってからです。お金や健康の不安が減ってきたこともあって、ようやくピュアな気持ちで、自分のやりたいことに素直に目を向けられるようになっていました。そしてそのゼミには、MAKERS出身の先輩が多かったんです。3期生の高山泰歌さん(One Nova)や、8期生の後田将人さん(shiki)。起業しようと決意したのも、彼らの背中を見ていたからでした。憧れの人たちが口を揃えて「いい」と言う場所なら120%信じられると思い、起業したら必ず応募しようと決めていました。

期待していたのは、「居心地の悪さ」でした。ここ数年は一緒にいて居心地のいい人を意図的に選ぶようにしていて、価値観が似ているクリエイターと過ごす時間が多かった。でも経営者として一皮むけるには、そこに閉じこもっていてはダメだと思っていて。居心地は悪いけれど刺激のある場所に行くことが、今の自分には一番成長につながるはずだと。だから、いろんなタイプの起業家を受け入れているMAKERSに入ることが、経営者としてのレベルアップにつながるのではないかと期待して応募しました。

Q.
実際にMAKERSに参加してみて、自身にとってどんな変容や進化がありましたか?

外から見ていたときは「自分とは違う生き物」だと思っていた人たちが、割と普通に同じ人間だったと知れたことが一番大きかったです。みんなすごく悩んでいるし葛藤しているし、それを見せていないだけなんだなと。知ってしまうと、もう言い訳ができない。「才能」という言葉だけで片付けられなくなってしまって、正直ちょっと辛いです(笑)

同じ人間だとわかったぶん、スカさずに、120%ちゃんと悔しいと思えるようにもなりました。元々めちゃくちゃ負けず嫌いなので、同世代で同じフェーズで頑張っているみんなが成果を出しているのを見ると、本気で悔しいんですよね。心からめでたいと思うけど、心から悔しい。そんな感情も普段なら笑顔の裏に隠すんですが、MAKERSでは思わず口に出ちゃう。みんなが弱さを見せてくれる場所だから、自分も感情に蓋をしなくていい。それが本当にありがたいです。

Q.
小笠原ゼミが自分自身や事業に与えた影響、メンターである小笠原さんとのやりとりで印象に残っていること、また、月1ゼミでの学びや気づきを教えて下さい。

正直、特定のやり取りというよりも、小笠原さんの生きざまそのものから影響を受けています。仕事場のある逗子に毎月伺っているのですが、使う言葉も、佇まいも、生活の仕方も、全部カッコいいんですよね。「こう生きたい」と憧れる気持ちが一番強いです。

だからか、おがさんと話していると、事業の話をしていたつもりが、自然と「どう生きるか」を考えてしまう。起業が手段だとしたら、そもそもの目的は何なんだろう、自分はどう生きたいんだろう、と。7月のゼミではおがさんのご家族と一緒に海に入ってバーベキューをして、気づいたら人生相談をしていました。言葉だけじゃなく背中で語ってもらっている感覚がすごくあります。

メンタリングも同じで、答えをもらうというより、悩みの噛み砕き方を教えてもらっている感覚が近いです。ひとつの悩みから、もっと深いボトルネックや、見るべき観点を示してもらえる。考えるときの頭の使い方自体が変わってきました。

そして、そんなおがさんのもとに集まるゼミのメンバーがまた最高なんです。みんなちゃんと手を動かしているし、超ストイック。逗子のお家にお邪魔するときは前日から泊まり込んで、ゼミ生だけのサブゼミを5〜6時間やっています。毎月のゼミが楽しみで仕方ありません。

Q.
MAKERS UNIVERSITYに入学してから、一番印象に残っている出来事は何ですか?

同期のはるとと杏菜と朝まで話した夜のことです。

その少し前、初回の合宿でメンタルモデルのWSを受けていました。正直かなりしんどくて、自分が見たくない、避けているところに真正面から向き合う時間でした。当時の悩みは、「認められたいな」と思った人に対して、過剰に自分を寄せてしまうこと。その人に気に入られるための振る舞いをして、逆に空回りして失敗する。紐解いていくと、幼い頃父に認められるためにやっていた防衛的な行動の名残りなんじゃないか、というところまで辿り着きました。でも、原因がわかったところでどうすればいいんだろう、というモヤモヤは残ったままでした。

それを抱えたまま過ごしていたのが、あの夜です。せっかくだからと自分の嫌いな部分について話してみたら、2人が私の良いと思うところを真っ直ぐな言葉で伝えてくれたんです。直したいと思っている部分についても、「それは悪いことじゃなくて、良い面もあるから、上手くコントロールしていけたらいいよね」と一緒にどう振る舞うべきかを考えてくれました。本当の意味で自分の弱みをさらけ出せたのは、あの瞬間だったと思います。

そのまま、そもそもなんで起業しようと思ったのか、どこを目指しているのか、という話を朝までずっとして。事業を応援したいというより、この2人の人生を応援したいという気持ちになったのを覚えています。

Q.
MAKERSに入ったからこそ得られたことや、MAKERSがあってよかったなと感じていることを教えてください。

業界のトップを走るレジェンド経営者の先輩方に、メンタリングの機会をいただけることです。

創業初期のお話を聞くことも多いのですが、皆さんに共通しているのは、目標を決めたら遂行に向けてどれだけ泥臭いことでもやり抜くということ。出待ちしてでもアポをゲットしたとか、自転車で一軒一軒営業していたとか。聞けば聞くほど、その行動力と執念の凄まじさに圧倒されますし、この方たちがそれだけ動いているのに私は何をしているんだと猛反省します。

しかもその先輩たちは、いい意味でまったく特別扱いをしてくれません。1人の経営者の後輩として向き合ってくれるので、志の低さも行動量の少なさも、毎回はっきり突きつけられます。

私は憧れの人と仕事がしたい、憧れの人に追いつきたい、というのがモチベーションに直結するタイプなので、囲む会の機会は本当にありがたいです。MAKERSの先輩たちが積み上げてきた信頼と、内野さんや飛鳥さんの熱量があってこその環境だと思います。

Q.
学生向けの起業支援プログラムやビジネススクールが沢山ある中で、MAKERS UNIVERSITYがそれらと違うのはどこだと感じますか?

MAKERSは起業家のコミュニティですが、事業より「どう生きるか」を話している時間のほうが長い。起業することをゴールに置いているプログラムも多い中で、ここが一番の特徴だと思います。

象徴的なのが、最初の合宿でみんなの人生を聞く「ライフストーリーテリング」です。何周も何時間もやる。正直、全くもって合理的じゃない。でもそれをやることで、自分の心の鎧も外しやすくなるし、相手への興味もすごく深まる。わかりやすいハッシュタグや経歴で見るんじゃなくて、ちゃんと1人の人として認識できるようになるんです。ビジネスの世界だと表層しか見えないことが多いし、これって大人になるほど本当に難しいことだと思います。心の声に素直でいることを何より尊重してくれるところに、いつも愛を感じています。

あとは、みんなの熱量とガチ度が異様に高い。世界を変えるんだとか、めっちゃ稼ぐんだとか、モチベーションはそれぞれですが、全員めちゃくちゃ実践しているし、口だけの人がいないんです。理想だけを語るビジコンや、口がうまければお金がもらえる場所も多い中で、地に足のついたことをやっている人しかいないコミュニティだなと思います。

そういう場所にいると、自分もちゃんと手足を動かして数字で結果を出さなきゃと思えます。

Q.
あなたとってMAKERS UNIVERSITYを一言で表すと何ですか?

友情・努力・勝利!「少年ジャンプ」です。

私は漫画に育てられたので、この三大原則をめちゃくちゃ大事に生きてきました。MAKERSはまさにこれだなって思っています。

一番近いかつ目指したいなと勝手に思っているのは『僕のヒーローアカデミア』。いろんな個性の人が集まっていて、全員強くて、目指す場所はバラバラだけど、上を目指す姿勢だけは一緒。バチバチのライバルなのに、ピンチのときは助け合える。

めちゃくちゃくつろげるとか、居心地がいいとかでは全然ありません。でも、内野さんや飛鳥さんのでっかい愛がちゃんと包んでくれているから、調子が悪いときこそ顔を出したいと思う。

全員が「自分が主人公だ」と思っているやつらが集まってバチバチしているのは、大変だけど、おもろいし、生きてるな〜と思える。夢に向かって必死に努力する時間を、大人になってからも持てるのは本当に幸せなことです。MAKERSがない人生はつまらないだろうな、と思うくらい、濃厚で猛烈な1年間です。

Q.
あなたの人生や事業を通じて「こんな世の中・こんな未来を実現したい!」というビジョンを教えてください。

忘却に、対抗したい。

「忘れたくない」という感情は、人間の根源的な欲求です。これまでもこれからも、常にあり続ける。だからこそ、壁画から写真、SNSと、その願いを叶える記録のあり方は時代ごとに生まれてきました。それを現代版にアップデートするのが、yomiyomiの実現したいこと。フィロソフィーの「忘れたくないを、カタチに。」は、そこから来ています。

その上で、自分の中には2つのエゴがあります。

ひとつは、クリエイターとして、日本中の人が知っているプロダクトを作りたいということ。当たり前に会話の中に出てきたり、街の中で使っている人を見かけたり。そういうものを、一度でいいから作ってみたい。

もうひとつは、ブランドオーナーとして、孤独を感じた夜に寄りかかれるプロダクトを届けたいということ。大切な誰かが亡くなった、会えなくなった。そんなときに救いになるのは、何気ない日常の思い出だと私は信じています。

自分のエゴも、ブランドのエゴも、全部をひっくるめて大きな夢として、仲間と一緒に追い続けます★彡。

(*このインタビュー記事は、2026年9月時点のものです)

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テレビ東京「田村淳のTaMaRiBa」2025.12.22放送回
テレビ東京「全力イノベーターズ」2025.12.22放送回
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Panasonic 100BANCH リーダーインタビュー

PROFILE

2000年生まれ。九州大学共創学部在学中。
2023年より株式会社ゆめみ(現Accenture Song)でプロダクトデザイナーとして、NTT東日本や小野薬品工業などの大規模プロジェクトに従事。10代で父を亡くした経験から、思い出に特化したクリエイティブカンパニー・株式会社yomiyomiを2025年に立ち上げる。グッドデザイン・ニューホープ賞など受賞歴多数。

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